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2008-13, Volleyball, The University of Kitakyushu

2008-2013期 北九大バレー部部長の想い出の部屋

2008-2013期 部長・監督 MNERA of MN

楽しい思い出がこんなにいっぱいありました。
迷惑をかけたことも,多々あったかもしれませんが,ご海容のほどを賜れれば幸甚です。

部長・監督時代を振り返ると・・・news

2008年04月01日
徳永先生の後を受けて,バレーボール部部長に。
まだ関わり方がわからず,お互いに試行錯誤。練習に行くといつもTatsuyaがアップの相手をしてくれました。いつも対人・乱打になると,途中でGiveupして早めに切り上げてました。
オーバーのロングパスで学生と張り合っていたあの頃が懐かしい。
2008年春
九州産業大学での県リーグを初観戦。帰り,Kazuたちを車で送る。えっ,アッシー君じゃん。

男子部:土曜日の午後に鹿児島大会に乱入。日曜,初めてのベンチ入り。熱き思いの涙に感動。父性本能がくすぐられる。Tatsuya,Kidofumi, Macha,Nasu, Nomo, Yuiさんの引退試合。4年生の春まで,お疲れさまでした。5年間の部長生活を振り返ると,最後まで全員で頑張った皆さんの代の偉大さがあらためてわかります。去年の熊大女子部もそうだったけど,公式戦でのたすきをつなぐために自分を犠牲にしてでも部のために頑張るという姿にはやはり感銘を受けます。部長として,この良き伝統を,次世代に伝えられなくて,本当にごめんなさいでした。

女子部:沖縄大会に帯同。麻呂,コートに現る。1チーム棄権が出ていたため,全敗も残留。1日早く終わり,1週間前の感動も忘れ,シュラスコ食べて,美ら海水族館に。まだ部長や監督の仕事の何たるかも知らず,超のん気だったころ。
2008年7月
卒業アルバムの写真撮影で,3年秋で引退をされていた女子部の4年生全員のユニフォーム姿を初めて見る。Bチームで何人かとは一緒に汗を流したことがあったけど,Chikaさん,Yukiさん,Miyukiさん,Hitomiさんたちの現役時代の本気のプレーも見てみたかった。あとJoppo先輩のユニフォーム姿も凛々しかった。
2008年秋
SportsFestaに4年生たちと参戦。決勝まで満を持し体力を温存。1セット目の途中までMVPかと噂されるほどの活躍を見せるが,センターからライトへのワンレッグでのブロードを決めたとき,左足のふくら脛を負傷。無念のリタイア。体育館に燦然と輝く優勝盾。中央で痛々しい姿で写っているのがMNです。

女子部:宮崎大会には松葉づえで帯同。それでも橘通りを練り歩かされる。夜の食事会ミーティングを通じ,2年女子と打ち解ける。私のせいで1年生が大食いして,2年生に怒られる。正直なところ,試合は,2勝もしたのに,あまり覚えていない。

男子部:大分大会に帯同。手薄な攻撃陣を憂慮したTatsuyaが引退を伸ばし,参戦。本当にどうもありがとう。でもリーグ戦全敗,入替戦にも敗れ5部降格。子どもたちの本気の戦いと悔し涙に,父性本能が完全スイッチ。以降,同一リーグの残留入替戦を見届けてから,北九州に帰ることをルーティンに。
2008年冬
日本バレーボール協会のNational Training CenterでのAnalyst育成セミナーに参加。ベンチワークの強化のための自己研鑚を始める。学んだことを活かすために,2009年春から「バレーボールを科学する」というテーマで,本学教養教育科目の演習を担当し始める。
プレーにも専念するために,メガネからコンタクトにかえる。好評??
2009年3月
バレー部とのきっかけを作ってくれた,わが導師:Tatsuya,Chika,Hitomi,Joppo,Kidofumi,Macha,Miyuki,Nasu,Nomo,Yui,Yukiさんたちがご卒業。Hawaiiのスタバカップと手袋,いまでも大切に使わせてもらっています。ありがとう。寂しさを感じるも,残された皆で頑張る決意を固める。練習では,シートを見るのが一番好きでした。試合を想定して頭を使って実践的に取り組んでいたところ,時間いっぱい手を抜かずに全力でプレーし続けていたところ,5年にわたって部にかかわりましたが,あれ以上のものをその後に目にすることはありませんでした。
Yukoりん,留学へ。
2009年春
事実上,初めての新歓。Toppageにあるさわやかなバレー部の宣材写真も作りましたっけ。たくさんの1年生が入ってくれました。嬉しかったなぁ。でもその後,たくさんのお別れに直面し,部長・監督としての無力さも感じることに。

女子部:佐賀大会に帯同。Shinozaki先生も応援に来てくれて,感激。だが初戦でKanaが腰を痛め,キャプテンが戦線離脱という非常事態に。紹介されて車で向かった病院がまさにBush。戻って北九州の病院で見てもらうと,骨折が判明(誰が折ったんだか)。NaruのセクシートラブルやYokoのコミカルステップがあったり,チームの雰囲気は良かったが全敗。最終日前夜のミーティング中に患部をコルセットで固定したキャプテンが急遽舞い戻り,チームにカツ。最終戦に勝利し,残留決定。Nacchan,ブロック賞受賞。おめでとう。ドラマのような日々でした。

男子部:仕事のため長崎大会に途中参加。MacchanやYasuら1年生も即戦力として活躍し,健闘を見せるが,私が現地入りしてからは全敗。しかもLiberoのYuyaがけがでリタイア。疫病神だったかも。5部の大会は2日で終わったんだけど,最終日は,上の部の試合を見てから,解散。その後,Tokuchanと二人っきりで長崎観光&北九州までDrive。楽しかったね。また行こう。
2009年秋
女子部:仕事のため熊本大会に途中参加。Kana,Hiroe,Naruたちの引退試合。太ももを痛めながらも,黙々とエースの仕事をこなすNaruの姿はとてもカッコよかったです。覇気がないとか言われるらしいけど,内に秘めたる確たる決意は十分に伝わってきてましたよ。チームの流れが良い時も,悪い時も率先して声を出し続けてくれたHiroe,すごく頼もしかったです。チームの空きポジションをいやな顔一つせずに引き受けてくれる姿勢とそつなくこなす器用さは,感動モノでした。当時はまだまだ甘ちゃんばかりだった1年生をまとめ上げていったKanaのキャプテンシーは,素晴らしかったです。クイックを決めた時にベンチに向けてくれたキュートな笑顔はオレの宝物です。Yukoりんは留学でいなかったけど,みんなお疲れさまでした。そしてありがとう。全員でつかんだシーボルト戦の1勝,本当に嬉しかった。合宿所みたいな旅館の夜も含めて,忘れないよ。表彰式ではなぜか賞状をもらう。女子部の試合は,何かが起きる。

男子部:福岡大会に帯同。Kazuの主将としての引退試合。Kazuのプレーはまるで水鳥が舞うがごとくで,その洗練された美しさに目を奪われることがしばしばありました。長い間,チームを支えてくれて,本当にありがとう。そしてお疲れさま。今大会は,戦力的にはかなり揃っていたので,4部昇格を目指していたんですが,結果はあえなく3位。みんなの力を十分に引き出すことができず,監督の力不足。Kazu,夢をかなえてあげられなくて,ごめんね。
2010年3月
この代は,私が入ったときから,誰もいなかった。寂しくも,真に寂しい気持ちを味あわずに済んだ春。
Nacchan,留学へ。
2010年春
山P,音信不通に。泣いて馬謖を切る。この頃はまだ,体育会として,退部と引退の違いに対する学生の意識は高かったのに・・・。

女子部:鹿児島大会に帯同。第2エースAyakoが試合中に負傷。そのセットは,急きょ,バレー未経験者のYukiちゃんが試合に。本当にありがとうね。あれっ,先輩のAichanは何を・・・,あっそうそう,指骨折中だったっけ。結局,チームは3連敗。1チームが棄権・不参加だったため降格は最初からなかったが,気持ちを切らずに,最終戦では,見事にフルセットに持込み,最後の最後で貴重な勝利をもぎ取ってくれました。よく頑張りました。1年生を帯同させることの大切さも学びました。

男子部:沖縄大会に帯同。Kazuの現役引退試合。結果は1勝と振るわなかったけど,はなむけにと,暑いなか,必死になってボールを追いかけるみんなの姿が印象的でした。気迫あふれるKazuのプレーは今でも目に焼き付いています。お疲れさま。そしてありがとう。沖縄の誘惑に負けず,まじめに帰るMN。進歩の跡。
2010年夏
男子部主将を失う。突然の展開にとまどうばかり。
2010年秋
SportsFestaに,Shinozaki先生とTsuneyoshi先生を巻き込んで,4年生たちと参戦。頼りのHiroeが前日練習でケガ。出ずっぱりで,体力の限界から,決勝を前に力尽きる。

女子部:因縁の地・宮崎での大会に帯同。幸先よく2連勝で初日を終え,もしかしたらと期待するも,その後3連敗で終了。最終戦はフルセットまであと少しというところから,歴史的な大逆転負けを喫する。体力のなさと精神的弱さを克服するために練習メニューの改善など意識改革の必要性がチーム内で共有され始める。この大会は,MinaとMisako,Aichanの引退試合。授業などで忙しかったMina,練習にはあまり出てこられなかったけど,試合ではいつもキープレーヤとしてチームを引っ張ってくれましたね。ボールタッチの柔らかさと戦術眼の良さから垣間見えるバレーセンスはピカイチでした。Misakoの良さを一言で表すと,それは愚直さでしょうか。先輩たちから何を言われようが常に真摯に練習に取り組んでくれていました。信念に基づく意思の強さ,これからも大切にしていってくださいね。最後の試合ではその成果も出て,スーパーレシーブ連発でしたからね。Aichanは,新しいマネージャー像を見せてくれました。お世話するというよりはお世話してもらう側って感じで,練習ではお嬢さま状態。でも実はS系で,精神的には部員みんなの心を支配していて,試合中は見事選手たちの心の支えになってくれてましたからね。みんなお疲れさま。そしてありがとう。

男子部:大分大会に帯同。Murashin,Noguchikun,Tokuchan,Yukachanの引退試合。伝説のひびきの2人組。本当にお疲れさま。Shinが入ってきたときは,本当に衝撃的でした。なぜこいつがいて勝てなかったのか,今でも納得がいきません。1年生のときはひびきのまでのドライブが,The 監督!って感じだったたけど・・・。車の免許を取ってからは急に冷たくなったShinでした。主将姿,かっこよかったよ。Noguchikunは,途中入部だったけど,最後の大会も足のケガを押して頑張って出てくれました。そびえ立つ北九大の壁が本調子やったらと思うと,本当に残念やね。ダンクシュートのような高さのクイック,憧れました。Tokuchanは,チームのアイドル的存在でした。練習のときもそうだったけど,試合でもTokuがコートに入ると場が和む,本当にありがたかった。Yukachanは,何でもそつなくこなす,理想的なマネージャー像にぴったり。監督まで,いつも笑顔で癒してくれてありがとう。
2010年冬
バレーボール大会に参加。色っぽいタイツ姿を披露。Hiroe復活も,優勝に届かず。
2011年冬
2009-13期の女子部部員を,主将を含め,すべて失う。指導力不足を痛感。
2011年3月
わが子のようなKana,Tana・・・Hiroe,Naru,Kazuたちが卒業。子どもたちの晴れ姿を見て感動を覚えるも,部長・監督業の切なさを知り,心に穴の開くっていう感じを初めて味わう。いやはじめての大失恋以来かぁ。
その後も,いろいろと遊んでもらっているが,信長会だけはいまだ実現されず・・・。
もう火曜の夜も,金曜の夜も空いているよ(笑) 声がかかったら,監督バッグで行こうかな。
Erika,Non,留学へ。
2011年春
4月1日,松井卓事件が・・・・・・。

男子部:佐賀大会に帯同。1年生も引き連れ,大所帯で臨む。この大会より映像班の活動を充実させる。きれいだったがすごく小さな体育館で,ビデオを設置する場所にも難儀した。秋に向けすべての試合の記録撮影を試みたが,試合途中でボールがぶつかり,一部の映像が撮り切れてなかった。残念。試合は,アップスペースが十分になかったせいもあるが,初戦の立ち上がりはやっぱり悪い。伝統か。戦力的にはかなりいい線いってると思っていたが,上位2チームにも食い下がるが,最終的には力負け。結局,2勝したものの3位に届かなかった。あとバラバラの靴下を注意され,急きょ,チームとしてお揃いの靴下を買いに走ることになったエピソードも。佐賀大会は,やはり何かが起こる?!

女子部:長崎大会に帯同。主力の留学とエースがケガで出られなかったこともあり,3枚のみの攻撃陣という変則フォーメーションで頑張る。手に内がばれていない初戦で1勝を挙げるも,その後全敗でまさかの降格入替戦へ。Nori,急造アタッカーでも非凡な才能を見せる。救世主Hibikiさまの笑顔で何とか残留。試合中にベンチから選手を怒鳴ったのはこれが最初で最後。Miku,ごめんね。帰りのSAでの夕食時のみんなの安堵の顔,一生忘れません。女子はすべての試合映像を撮ることに成功。秋に活かせれば。
Yoko,Mikuの引退試合。Yokoは本当にオレの秘蔵っ子っていう言葉がぴったり。練習ではブロックで止めまくり,熱血指導。主将としては,チームの戦略や戦術のプランニングの仕方を,英才教育。容量を超えてパニクったYokoをいつも支えてくれていたのがMikuでしたね。セッターにリベロ,どこでも器用にこなすMikuに対し,ブロックアウト(スウィープ)を覚えるのにも四苦八苦するYoko。対照的な二人でしたが,いつからか難しい話をするときには,いつも2人セットで呼び出すようになっていましたっけね。4年生まで残ってくれて,部のために最後まで頑張ってくれて,本当にありがとう。深謝。お疲れさまでした。そうそう,Yoko,お酒の飲み方だけは気をつけなさいよ。北九の父より。
2011年秋
男子部:熊本大会に帯同。Macchan,Kawachan,Yasu,Harunachanたちの引退試合。3年生たちのこの大会にかける意気込みは,春以降の練習姿勢にも現れていた。とくに公務員講座の進捗を遅らせてまで部活にかけていたYasuの想いが痛いほど伝ってきていた。そのためにも何とか勝たせてあげたかった。結果は,2勝3敗の3位。最終戦で3勝の可能性もあったが,試合途中にセット率で3位が確定したため,得点差が大きくついていたこともあり,Hiroshiも含めた同期4人を公式戦で一緒にプレーさせる選択をした。情に傾いたこの監督采配。最後まで勝ちにこだわり,非常に徹するべきだったのではないかと,思い出すと,この日のことは今でも悩みます。
Macchanは,アタッカーでも十分に行けただろうが,チーム事情から1年からセッターに固定される。ジャンプトスの高さはないが,柔らかいハンドリングで,安定したトスさばきを見せる天賦の才あふれる北九大の名司令塔。たまに遅刻もするが,主将としても,後輩だけでなく,女子部部員からも慕われる,人望の厚いナイスガイ。Yokoに次ぐ秘蔵っ子だと信じていたが,北九大の伝統を伝えようと寿司をごちそうしたにもかかわらず,いたずらしすぎがたたり,4年目は逃げられる。超・ショック。Kawachanは,リベロとして頭角を現す。まじめな性格で体作りもしっかりしていたので,ジャンプ力があり,高さのあるスパイクを打つが,大事なところでふかす癖が抜けず。このチームではリベロに専念。思い切ったプレーが身上で,判断良い動き出しから,何度もチームのピンチを救ってくれる。エンドラインからセンターラインまで駆けつけた伝説を持つ。Yasuのカバーリングなど,守備範囲も広い。ただオーバーのボールが苦手なのが玉に瑕な北九大の愛すべきリベロ。Yasuは1年から北九大の大黒柱として大活躍のまさにエース。高さとパワー,テクニックとバレーIQを兼ね備えたプレーヤーでベンチの信頼も厚い。自分にも本当に厳しく,常に高いプレーの質を求め続ける職人肌。後輩の面倒見も良い。気になるところはMNと同じおなか回りか。全盛期のYasuを見てみたかった。最初に見たHarunachanの印象は,「えっ,北九大にも初のギャル系マネージャー」「ちゃんと話せるかなぁ」でした。でも見た目と違って,根はすごい真面目。献身的でみんなに尽くしてくれる姿は,北九大の歴代マネージャーの姿,そのものでした。ごめんなさい。人を見た目で判断してはいけないってあらためて学びました。
みんなとの思い出は,たくさんありますが,一番は,Hiroshiのバイト先に押しかけたことでしょうか。この代は,日頃,みんな真面目で,礼儀正しく,先生である私にはいつも節度を持って応対してくれます。この日は,はじめて同じ目線で時間を共有できたかなと思ったのですが・・・。以降も,向こうからのお誘いはなかったですね。この代以降は,私は入学時からいる部の先生ということで,同じ目標を共有する「仲間」になるのが難しかったのかなと,今振り返ると,感じます。
今でも扉は開かれていますよ。もしよかったら,いつでも声かけてくださいね。

女子部:福岡大会に帯同。ついに5部リーグ優勝・4部昇格を達成。どのチームも,レベルが高く、勝ち負けが、どっちに転んでもおかしくない試合が続きました。選手たちの強い精神力、勝ちたいという気持ちをひとつにしたチームワークに感動しました。Ayano,スパイク賞獲得。
監督が全幅の信頼を寄せるキャプテンNoriと天下無双のボンバーAyanoの敬愛ホットライン。信頼感あふれるエースに成長したMie。苦しいところで頼りになる頭脳的プレーが魅力のNon。要所でのプレーが光るいぶし銀のSachi。サーブに課題も安定したプレーでチームを支える牛若丸Shige,声だけでなくプレーでも何度もチームのピンチを救ったリザーブのErikaとHibiki,チームを見守るマネージャーのKyoko。最高のメンバーに恵まれ,監督冥利に尽きる至福のときを感じる経験でした。
選手の皆さん,応援してくれた皆さん,本当にどうもありがとうございました。調子に乗って記念品を作るも,今となってはいい想い出に。Noriたちと一緒にあの感動を振り返る機会がもうないと思うとちょっと寂しい。
2011年11月14日
北九州市立大学体育会バレーボール部HPを立ち上げる。
(2013年3月末日,引き取り手が現れず,惜しまれつつ???閉鎖。そしてundergroundに。)
2011年冬
バレーボール大会に参加。OB/OGチームと現役(引退)チームとのはざまで心揺れるも,パンダマンが現れ,無事に問題解決。北九州の救急医療体制の課題も垣間見る。
2012年03月
Murashin,Noguchikun,Tokuchan,Yukachanたち,そしてYoko,Miku,Mina,Misako,Aichanたち,卒業。2008年入学の同期生とのお別れ。素敵な盾と感動的な愛あふれるDVDをありがとう。それにしても卒業記念ボールにコメントを書いてあげられずに,ごめんね。
(この前は集まってくれてありがとう。久しぶりに皆と会えてとっても嬉しかったです。)
Shige,留学へ。
2012年春
数人から今大会での引退を相談される。説得を試みるも・・・。

女子部:沖縄大会に帯同。はじめての4部でも遜色なく戦う。課題を修正し,秋には3部をって思っていたのですが・・・。Ayano,ブロック賞おめでとう。
当時のブログ記事です。
「3日間の大会を通じ,北九大らしい,拾って拾って繋ぎまくって,粘って決めるというプレーはできていましたが,もう一つ上の壁を破るには,さらなるチーム力アップが必要なことを痛感させられた大会だったようにも思います。楽しい部活であることは大前提ですが,勝つために,チーム力アップのために,何が必要か,全体練習のあり方だけでなく,個人としても何ができるのか,しなければばらないのか,秋に向けて,みんなで考えていきましょう。目標を共有し,その実現のために誠実に努力した経験は,みんなが社会人になる上での大きな自信と武器になってくれるものと信じています。本当に,お疲れ様でした。ありがとう。みんなの頑張りにはいつも頭が下がります。秋には,またみんなで喜びたいですね。頑張りましょう。」
ブログを読むと,このときは,まだやる気満々だったんですね。

男子部:想い出の聖地・鹿児島大会に帯同。Yasu,Kawachan,Harunachanが駆けつけてくれたおかげでまずは幸先よく1勝。3人と食事をし,楽しい気分で2日目を迎えるも,開場時間になっても姿を現さないチームを見て,試合に臨む姿勢に疑問を感じ,雷を落とす。最終日,Hiroshiの引退試合を見届ける。
本当に上手くなったね。大学1年から始めてよくここまでたどり着いたなぁと思います。どれだけの努力を積み重ねたのか,頭が下がります。練習の終わった後や,練習のない日も,体作りなどを頑張り続けたHiroshiは,まさに体育会アスリートの鏡です。ただ精神面では,他人に厳しく接することも覚えなさい。すべてを受け入れる,理解を示すことは,真の優しさではないと思います。その人の将来を真に考えるのなら,厳しいことを言うことも,ときには必要だと思いますよ。中国で一回り成長したHiroshiを楽しみにしています。4年間,本当にお疲れさま。
当時のブログ記事2です。
「・・・牧園アリーナ,懐かしいですね。顧問になって初めての全九。右も左もわからないまま,応援に行ったあの頃。4年男子の引退試合だったんですが,試合中,夢に向かってひたむきにボールを追いかけていた姿,試合後,届かなかった思いに涙する選手たちの姿を見て,私も誠実に部長・監督としてバレーに向き合わなければと決意させてくれた,大切な思い出の地です。ゼミや教職,就職活動との両立など大変なことが多かっただろうに,4年間のバレーボールへの真摯な思いが伝わってきたのを思い出します。わずか1か月くらいしか一緒にバレーをしたことがなかったのに,思い出したら,涙が出てきました。(国際法の中間試験の答案指導を受けにきた学生に見られてしまった。恥ずかしい。)あれから5年,私は,Tatsuya,Kidofumi,Macha,Nasu,Nomo,Yuiさんたちの思いに,応えられたでしょうか。今回の戦いの場は,横川体育館です。登録選手に4年生はひとりだけ。北九大の伝統は何か,伝統の重みって何か,(北九大の選手としてプレーした経験のない)私には語る資格や術はありませんが,ただただみんなには申し訳ないという気持ちでいっぱいです。・・・」

結局,男子部主将をまた失う。任期途中に現役主将を失うのがこの5年で3度目。指導者としての適性を欠くと自認。大会終了後,監督辞任の意思を伝える。
この時点では,ある意味,女子もとばっちり。

選手たちから慰留され,部長としての新たなかかわり方を模索。サークル化しつつある部の現状に危機感を抱いていたこともあり,体育会であることの強みを自らなくすような愚挙は慎めと,またキャリアも意識し賢く生きろと,部活動に真摯に向き合うことの意味を説く。
2012年6月7日
部の公式行事の新歓コンパでのOB/OGへの対応問題をめぐって激怒!!
完全決別を宣言。監督だけではなく,年度末での部長退任を伝える。
2012年夏
まったく練習にも参加せず,幽霊部長に。当然,太る。
MikuとNacchanのおかげで,偶然,卒アルに写り込む。Lucky!
2012年秋
3年生の最後の大会が始まる。
あとで後悔するよりは,やはりお世話になった3年生の勇姿を目に焼きつけておくべきだと思いたち,こっそり女子部の大会を熊本まで見に行くも,あえなく見つかる。Nori,Erika,Mie,Non,Sachi,Shige,Kyokoちゃん,お疲れさま。そしてありがとう。やっぱり北九大女子部のバレーは最高でした。
男子も東京での仕事を1日早く切り上げ,今度こそと,こっそりと別府に応援に行ったら,今期の5部リーグは参加チーム数が少なく,すでに昨日で終わっていた。OMG! いろいろと教えてくれた大分大学の皆さん,ありがとうございました。Nishikun,Kumae,お疲れさま。勇姿を見届けられずにごめんなさい。Amichanも,ご苦労さま。そしてありがとう。
2012年冬
楽しみにしていたバレーボール大会,40肩で左肩が上がらずプレーできず。たくさんのOB/OGそしてご家族の方が集まってくれたことに,感動。あらためていまの体育会バレーボール部があるのも,先輩たちが途切れないように懸命に繋いできてくれたからなんだと感謝。(2013年の新歓時期に1年生の勧誘を頑張っている部員たちの姿を見て,感動。頑張ってね。)またこのとき「とり安」を初めて知る。以来,たまに通っている。

勇気を出して,お別れを言いに納会に参加するも,ちょっと違和感を感じたせいもあるけど,やっぱり泣いちゃいそうだったので,何も言わないまま帰宅。

来季のJVAの登録作業等に影響を与えないよう,部長の退任届を学務第1課学生係に提出。
2013年冬
HPを見た何人かのOG/OBの方から暖かい年賀状などのご連絡をいただき,感動。昨年義母がなくなり喪中のため,時期をずらそうと思っていましたが,結局,返書は不義理のまま。これにて代替ということで,お許しください。
2013年03月
Macchan,Kawachan,Yasu,Harunaちゃん,Abecchiたち,卒業!? おめでとう!
海外滞在中に卒コンの連絡を1年生の担当者から受ける(Mayochan,ありがとう)も,4年生含め,他からは一切お声がかからず・・・。卒業式の日「一緒に写真を」との声もかからず・・・。すべては私の不徳の致すところ。晴れの日をお祝いできずに,本当に申し訳ない。ごめんね。これまでありがとう。
2013年03月31日
バレーボール部部長を退任。
楽しかった5年間,北九大バレー部関係者の皆さんはもちろん,全九などで一緒に戦った他大学のバレー部関係者の皆さん,私に指導や助言をくださったバレー関係者の皆さん,そしてすべてのお世話になった皆さん,本当にどうもありがとうございました。
みんな,今,自分たちが部室を使え,体育館を優先的に使えるのは,OB/OGの先輩たちが体育会としての部活動をこれまで頑張ってきたからなんだよ。感謝の気持ちを忘れずに,OB/OGとの関係を大切にしていってくださいね。あっそうそう,一応,私も自称OBなので,よろしく。
頑張れ! 北九大VB Boys & Girls!
   

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